法学セミナー2015年7月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム 」(日本評論社)

 「ヘイトスピーチヘイトクライム 」の現状をしるために雑誌を購入。特集の中心は、2009年におきた在特会による京都朝鮮学校襲撃事件に対する最高裁判決。当然この国のヘイトスピーチヘイトクライムはこれだけではなく、日々起きている。実際に起きていることを追いかけているだけでは認識が不十分であると思うので、包括的な議論を読むことにする。
 ヘイトスピーチヘイトクライムは定義がないということだが(師岡康子氏の論文)、とりあえず以下の説明でおおよそ把握できると思う。
>>
ヘイトクライムとは、他人の人種、皮膚の色、民族または出自などの属性に対する憎悪や敵対的動機から犯罪行為に及ぶこと」
ヘイトスピーチとは、属性につき、政治的、経済的、社会的、文化的その他の生活分野における平等の立場での人権および基本的自由を認識し、享有しまたは行使することを妨げまたは害する目的・効果を持つ表現行為(P34(金尚均 )」
<<


京都朝鮮学校襲撃事件とその裁判は、リンク先にまとまっている。
【京都地裁】在特会・京都朝鮮学校襲撃事件裁判の判決概要 - Togetter


I  ヘイトスピーチヘイトクライム被害の歴史性と非対称性
1 レイシズムの歴史性と制度性(板垣竜太) ・・・ レイシズムは歴史的なもので、個人の意識に還元してとらえうる問題ではなく、法制・社会・文化が抱え込んだ問題である。

2 ヘイトスピーチ被害の非対称性(鄭暎惠) ・・・ 同じ内容のヘイトスピーチでも当事者であるかどうかでリアリティや意味がまるで違ってくる。当事者にはヘイトスピーチにさらされることで日常生活が「戦場」と化す。「アイデンティティの殺人」「魂の殺人」であり、さまざまな心身症状を生み、子供期(早期)のトラウマは複雑化しやすい。ケアとサポートが必要。ヘイトスピーチを容認することはターゲットを拡大する。
(ヘイトの加害と被害の非対称性はとても重要。これを「表現の自由」で考えてしまうと、レイシストカウンターはレイシストのデモや街宣を無効化・妨害・時に中止させるのだが、これはレイシストの「表現の自由」を規制し、行使させないように働く。しかし、カウンターの行動が正当であり、レイシストの「表現の自由」が規制されなければならないのは、加害と被害の非対称性のため。被害者は社会の構造において、圧倒的に不利な立場の人間であって、被害者は非対称性を回復できない。だから上のような問題を起こす。そのような回復不能な人権侵害がヘイトである。)

II 李信恵さんのこと。裁判のこと。(上瀧浩子)  ・・・ ヘイトスピーチ被害者に起こるのは「マジョリティには不快なことがマイノリティには恐怖(非対称性)」「斜頸への信頼性の喪失」「アイデンティティの危機」。インターネットで拡散され被害が拡大する。「ヘイトスピーチ規制法は、マイノリティがその尊厳や社会に対する信頼感を取り戻し、被害解決につながるという事実は強調してもしすぎることはない。(P22)」

III 京都朝鮮学校襲撃事件――心に傷、差別の罪、その回復の歩み (朴貞任)  ・・・ 2009/12/4、2010/1/14、2010/3/28襲撃。襲撃された側の気持ちの移り変わり。「沈黙効果」→「社会に対する信頼の崩壊」→「背後にあるサイレントマジョリティの側の悪意」→「刑事告訴することのためらい」→「失った日常の回復」。2014/7/8高裁判決、2014/12/10最高裁確定。「黙っていれば事件も事件にならない」。

IV ヘイトスピーチヘイトクライムの法的議論(金 尚均 ) ・・・ ヘイトスピーチヘイトクライムは適切な(日本語による)用語がない。日本の刑事法制では人種差別的動機に基づく犯罪に対処していない(アメリカやドイツは考慮している)。ヘイトスピーチの攻撃的客体の個人的特定性がないことは「害悪」がないことを意味しない。ヘイトスピーチは、人格権のひとつである個人的名誉の侵害ではなく、人間の尊厳と法の下の秒不動の侵害である。京都朝鮮学校襲撃事件では、警察が現場にいたにもかかわらず対応しなかった(現行法で対応できる行為があったにもかかわらず)。加害者の行動に加担していたのである。

V 加害行為だけでなく、具体的被害実態に目を向けるべき(冨増四季) ・・・ 下の放送でも加害行為に目が向いて、被害に関心が向かない。子供の被害が重大。法制や司法においても被害実態とケアに注目すべき。加害者には修復的司法(悔悛させて再犯させないような取組み)の成功例が外国にあるの研究が必要。
NHK総合】2015年1月13日放送◆クローズアップ現代ヘイトスピーチを問う〜戦後70年 いま何が〜」
www.youtube.com
NHKかんさい熱視線2015年10月30日「傷つけられた子どもたちは今〜ヘイトスピーチから6年」
www.youtube.com

VI 刑事法および憲法と差別事件(内田博文) ・・・ 人種差別撤廃施策推進法の議論が刑事罰則だけになるのはよくない。被害救済策と実効性のある啓発方法の検討も必要。

VII ヘイトスピーチヘイトクライムと修復
1 ヘイトクライムへの修復的アプローチを考える(中村一成) ・・・ 修復的司法は、当事者間の対話によって問題解決を目指す手法。少年犯罪などで実施例があるが、ヘイトクライムは取り組みが少ない。ます司法や警察に機能がない。加害者が更生困難とされる使命型レイシストが多く、殉教者とみなされやすい。実施には「関与」語る」「サポート」再発防止」などがポイント。

2 裁判において問われなかった二つのポイント――地域社会と支援組織 (山本崇記) ・・・ 京都朝鮮学校襲撃事件の裁判で触れられなかったのが、ひとつは地域社会への影響(学校の日常のとり戻しの困難、行政の無関心、学校周辺社会との関係性の回復困難など)。ひとつは被害者を孤立させないような支援組織の重要性。

VIII 包括的な人種差別撤廃制度の必要性(師岡康子) ・・・ 国際人権基準に照らすと、ヘイトスピーチを終了するためには、表現規制のほかに、差別の実態調査と研究、これまでの政策の全面的な見直し、包括的な差別撤廃政策の策定、平等保障法、差別禁止法、差別撤廃教育、被害者救済制度、これらを実施を確保する国内人権機関と個人通報制度の整備が必要(P59)。この国の取り組みはほぼゼロ。欧米など39か国の調査結果では突出した最下位。国連勧告も無視している(2014年8月頃の状況)。状況は刻々変わっているので、ネットなどで進捗を追うことが必要。

IX 人権教育の現状と改善のための視点(吉田俊弘) ・・・ これまでの人権教育で行われた憲法理念と心構えを軸にした授業では、現状の矛盾や対立をまえに現状に流されやすい欠点を持つ。今後に必要なのは「当事者の声を聴く(自分に起こりうる問題であることを把握)」「人権の実現に関わる手続き、法制度を学ぶ(自分が差別に会ったときの対処法を知る)」が重要。


 自分が路上のヘイトスピーチに気付いたのは2013年1月。ずっと傍観者でいたが、いてもたってもいられずに同年6月と9月に新大久保に出かけた。以来、この問題は気になっている。
 この特集を読んで感じたのは2点。ひとつは、路上のカウンター活動やネットの情報からでは被害者や当事者の声を聴くことが困難で、被害の実態に対して想像力を働かせなくなること。そのために、人種差別撤廃の法制化を「表現の自由」に限定して考えがちになってしまう。そうすると被害を受けて、救済を必要とする人がすっぽりと抜け落ちてしまう。マジョリティの側にいる自分にとっては、この部分に配慮や関心が足りなかったと反省する。もうひとつは、路上やネットなどからヘイトスピーチヘイトクライムが亡くなったとしても、それは終わりではないこと。「包括的な人種差別撤廃制度の必要性(師岡康子)」論文に書かれた差別撤廃までのロードマップのなんと長いこと。路上のヘイトが2015年になって減少したことや国会に「人種差別撤廃基本法」が提出され審議が始まったことで多少の安堵感を持ったのだが、そのさきにある実現すべきことの多さに目くらむ。それくらいに、この国は差別問題を放置し続けてきたし、規制や救済の制度が不足(というかほぼゼロ)している。国や行政の重い腰をあげさせないといけないし、社会レベルで差別を撤廃するための活動は先が長い。
 この特集記事はあくまで入門用(法律のことばや考え方になれていないので少し時間がかかる)。それぞれの問題は別の本や記事などで。ただ重要なのは、書斎で差別を考えていると「被害の非対称性」「(被害者の)アイデンティティの危機」、行政の無関心などがすっぽりと抜け落ちかねないので、できるだけ「現場」に行くことが大事。それをしないと加害者に加担することになりかねない。