別冊法学セミナー「ヘイトスピーチに立ち向かう」(日本評論社)

 別冊法学セミナー「ヘイトスピーチとは何か」(日本評論社)で実態と本質的な意味を勉強したあと、ヘイトスピーチに抗する具体的なツールである法や司法を検討する。

ヘイトスピーチに法や司法はどのように対応すべきなのか。憲法学、刑事法学、国際人権法、現場での警察対応などの最先端の議論を紹介。」
https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8141.html

 論文の中で言及されている事案(デモや裁判など)について、別冊法学セミナー「ヘイトスピーチに立ち向かう」(日本評論社)補注のページを作り、Togetterまとめやネット記事などを掲載した。画像や動画のリンクもあるので、何が起きたかを把握するのに役立つことを期待。

f:id:odd_hatch:20191022095516p:plain

第1部 ヘイトスピーチの現場
[座談会]ヘイトスピーチヘイトクライムへの刑事対応(司法・警察)──京都朝鮮学校襲撃事件、ヘイトスピーチ解消法以後のヘイトデモ/カウンターデモ(金尚均・豊福誠二・明戸隆浩・師岡康子) ・・・ 2016年の法施行でヘイトスピーチは違法になった。しかし、法の運用には疑問が残る。とくに法務省と警察。
法務省は何がヘイトスピーチにあたるかのガイドラインを公表しないし、解っている部分だけでいえば不十分。なので、警察官や官庁、地方自治体の人権研修や教育が不十分なまま。職務からするとやっていないに等しい。
・京都朝鮮学校徳島県教組の襲撃事件で警察は襲撃犯を擁護するような動きを見せた。ヘイトスピーチ解消法で一時期は注意することもあったが、すぐに元に戻った(私見では2016年の都知事選以降)。
法務省や警察にヘイトクライム担当部署を作り、差別犯罪に対応できる体制にするべき。
・警察はカウンター(ヘイトスピーチへの抗議者)の位置づけを明確にすべき(カウンターの抗議を妨害しないとか、警察がヘイトスピーチに注意・警告をするべき)
・とはいえ、警察が権力を濫用することを防ぐ体制も必要。
・とにかく2016年のヘイトスピーチ解消法施行後、法務省と警察は責務を果たしていない。法務大臣ちゃんとしろ。
・国や法務省ヘイトスピーチの対応を自治体に丸投げしている。自治体は法がないので対応に苦慮している。川崎市(ほかに相模原市京都市大阪市、東京都なども)が独自に罰則付きのヘイトスピーチ抑止条例を作ろうとしている。こういう動きからの変化(国と国民)を期待。

 一方、ヘイトデモや街宣を警備する警察官は以下のように対応している。
「やってみないとヘイトと判断できない」と言う割に何で警備があんなに厳重なんだろうね?いつも不思議なんだよな。警察も「何がヘイトか判断できない」クセに俺が「演説の感想」を弁士に伝えると「挑発はやめなさい」とかさ。なんで俺の「感想」は「挑発」と「判断」するんだろう?
https://twitter.com/ngo052/status/1181974323390607360

 

中指たてたら「挑発」/ ネトウヨ弁士がバカな事言ってるから「バカ」って言ったら「挑発」。ネトウヨが嘘ついてるから「嘘つき」って言ったら挑発。/ ネトウヨが「ゴキ○リ朝鮮人」、「嘘つき韓国人」には「何がヘイトか現場は判断しない」だもんな。/ 本当に毎回ビックリするよ/こいつら人間かと。
https://twitter.com/ngo052/status/1181975495287508992


 こういうふうに国会の答弁と実態が乖離しているので、警察に信頼がおけなくなる。警察官への人権教育が必要であるし、ヘイトスピーチをどのように止めるのか(法に国民の責務と書いてある)を警察は示すべきだし、都道府県や都市ごとの警備の違いをなくし一律な方法にしなければならない。

 

第2部 法はヘイトスピーチに立ち向かうことができるのか
憲法①]人種差別主義に基づく憎悪表現(ヘイトスピーチ)の規制と憲法学説 (小谷順子) ・・・ 法学セミナー2018年2月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム III」(日本評論社)再掲


憲法②]ヘイトスピーチ規制消極説の再検討 (奈須祐治) ・・・ 法学セミナー2016年5月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム II」(日本評論社)再掲。2016年のヘイトスピーチ解消法施行以後の状況を見ると、理念法では路上とネットのヘイトスピーチはなくならないし、官邸や官庁が嫌韓をあおり、市民がヘイトクライムを起こしている。著者らが期待するような礼節は出てこなかった。規制法のないアメリカではヘイトスピーチをした者には市民や企業が制裁するけど、日本ではそういう市民的な批判が行われず、組織の動きも処分内容もレイシストに甘い。。法やお上の言い伝えがないとヘイトスピーチを規制する動きは市民にも組織にも起こらない。


憲法③]ヘイトクライム規制の憲法上の争点 (桧垣伸次) ・・・ 法学セミナー2016年5月号「ヘイトスピーチヘイトクライム II」再掲。その後に起きたヘイトクライムには、アメリカのシャーロッツヴィルで、右翼がヘイトスピーチに抗議する市民に車で突っ込んでひとり死亡(2018年)。11歳女児をヘイトクライムで逮捕(2019年)など。日本では相模原精神障害者施設殺傷事件(2017年)、朝鮮総連銃撃事件(2018年)など。ヘイトクライムの悪質化、凶悪化がすさまじいので、早い対処が必要。


憲法④]不法行為としてのヘイトスピーチ (梶原健佑) ・・・ ヘイトスピーチに対する民事救済と憲法(法学セミナー2016年5月号「ヘイトスピーチヘイトクライム II」)に加筆。特定の個人や団体を対象にしない集団へのヘイトスピーチを名誉棄損で提訴しても裁判所は受理しない。裁判で人種差別が認定されたのは、個人の名誉棄損を争う場合においてだけ。一方、ヘイトスピーチを常習する個人のデモが差し止めになる仮処分がでたことがある。


[刑法①]ヘイトスピーチ規制における刑事法の役割と限界 (櫻庭総) ・・・ 現在の刑事司法とヘイトスピーチ(法学セミナー2016年5月号「ヘイトスピーチヘイトクライム II」)に加筆。刑事罰は多少の抑止効果があるかもしれないが(川崎市の罰金最高50万円に日本第一党党員は怯えている)、常習的なヘイターは身元が割れても、刑事罰を受けてもヘイトスピーチをやめない。


[刑法②]刑事法および憲法と差別事件 (内田博文) ・・・ 刑事規制だけではヘイトスピーチ抑止には実効性がない。民事規制も視野に。「ヘイトスピーチ、許さない」の啓発は大事だが、何がヘイトスピーチにあたるのかの基準を示すことが重要。あわせて差別被害の実態調査も。また被害者救済の制度も必要。


[刑法③]ヘイトスピーチ被害の認識不足・矮小化が生む諸問題 (楠本孝) ・・・ 法は表現の自由個人主義からヘイトスピーチの被害を過少に評価することがあるが、近年のできごと(京都朝鮮学校襲撃事件や川崎のデモ禁止仮処分など)でヘイトスピーチの被害が大きいと認めるようになった。地方自治体は集住地区や特定施設周辺だけでなく、駅・公共施設・商業施設などでのヘイトスピーチを条例で禁止することは憲法違反にはならない。(そのためには何がヘイトスピーチかの基準をつくることと、ヘイトスピーチの現場で禁止できる仕組みができることと、社会や市民が差別廃絶の共通認識を持つことが重要→法務省と警察はさぼるな(私見))。
[刑法④]刑法改正、ヘイトスピーチ解消法改正の可能性 (金尚均) ・・・ 法学セミナー2018年2月号「ヘイトスピーチヘイトクライム III」再掲。警察は現場のヘイトスピーチを止めないが、裁判所はヘイトデモや街宣の禁止を命じる仮処分をだしてきた。その例から、ヘイトスピーチ解消法に加える処罰規定の条文を検討する。

 

第3部 地方公共団体ヘイトスピーチ
ヘイトスピーチ解消法を受けた地方公共団体の取組みと課題 (中村英樹) ・・・ ヘイトスピーチ解消法は地方自治体に取り組みの責務があるとしている。そこで2019年夏までの地方自治体の取り組みを紹介。ヘイトスピーチ抑止条例施行、公共施設の利用不許可、訴訟支援策(大阪市で条例に加える予定であったが議会の反対で条例から削除)、罰則規定など。公共施設の利用制限は京都市宇治市亀岡市、東京都などで実施されている。


大阪市によるヘイトスピーチへの取組み(田島義久) ・・・ 法学セミナー2018年2月号「ヘイトスピーチヘイトクライム III」(日本評論社)に加筆。大阪市の取り組みの詳細は上記の補注ページを参照。自治体の条例ではできないことがあるので(プロバイダー業者から情報提供など)、ヘイトスピーチ解消法の改正と国内人権機関の設立が急務。


川崎市によるヘイトスピーチへの取組み(師岡康子) ・・・ 法学セミナー2018年2月号「ヘイトスピーチヘイトクライム III」に加筆。2016年以降に悪質化した川崎市内のヘイトデモや街宣の様子。それに対する抗議。川崎市の行政の対応、条例化など。2019年末制定を目指す罰則付きのヘイトスピーチ抑止条例への期待と改善提案。市民のあとおしが行政を動かしている。

 

第4部 差別のない社会をつくりだす
人種差別撤廃条約とその国内法化(阿部浩己) ・・・ 世界人権宣言、人種差別撤廃条約などを国内法に反映することが必要(その運用には個人通報制度と独立した国内人権機構の設置が急務)。ヘイトスピーチ規制は表現の自由とかかわる。表現の自由は絶対的ではなく他の基本的権利の享受を損なうものであってはならない。表現には個人や集団のおかれている社会的位置が不均衡であれば、思想の自由市場の成立そのものが成り立たない(ヘイトスピーチのターゲットになるマイノリティにおきる沈黙効果)。ヘイトスピーチ規制では感情的要素を含む概念(「憎悪」「扇動」「敵意」など)があり、運用に困難があるので、明確化する必要がある。ヘイトスピーチには、犯罪を構成すべきもの、刑事責任の対象になりうるもの、違法ではないが十分な廃墟が必要とされるものと把握できるので、明確化が必要。


ヘイトクライムへの修復的アプローチを考える(中村一成) ・・・ 法学セミナー2015年7月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム 」(日本評論社)に加筆。

「加害者の『反省』は対話成立の前提中の前提だが、京都事件をはじめ差別事件を起こしたレイシスト集団メンバーの大半は、見事に『禁忌』の要件を満たしている」(P196)

 「法的規範の欠落、差別でありいけないことという感覚がない」というのは、彼らの動向を監視してもそのように思う。レイシストへの修復的アプローチは困難。といって、警察に任せる風潮があるが、これも危険であるとのこと。いろいろ問題があるが、マイノリティに「土人」「シナ」発言をし、許す警察官にマイノリティのニーズや脆弱性を理解できるのか。警察官の人権教育から始めないと(なにしろ警察官養成雑誌にナチス礼賛のレイシストが原稿を書いているくらい)。

 

[座談会]
解消三法(障害者差別解消法・ヘイトスピーチ解消法・部落差別解消法)と差別のない社会の構築への道(金尚均西倉実季・山本崇記・寺中誠) ・・・ 2016年にタイトルの3法ができた。一方で、ヘイトスピーチヘイトクライムが多発している。日本はずっと「成人」「男性」「健常者」が社会の中心にいてマイノリティを分離・隔離する政策をとってきた(「富国強兵」「お国のために」スローガンはその強化につながる)。マジョリティ優先の考えが社会に蔓延し、被差別者の存在にたいし「ひがみ」「逆差別」といって差別意識を持つようになり、ヘイトクライムを起こすようになった(個別事件の犯人の理由と原因の追究はよくない。問題の矮小化や差別意識の拡大につながるなど)。被害の拡大と再生産を止めることが急務。差別解消の大衆的・市民的な取り組みとの連携が必要。被差別者への合理的配慮は過大な要求でも特別扱いでもない。解消3法の問題は、包括的な差別解消法がなく、個別的な対応だけ。人権政策と人権救済機関が必要(国連人権委員会から繰り返し設立を勧告されていてずっと無視)。修復的アプローチの試みも続けよう(人権教育や救済機関の設立とセット。そうでないと加害者の反省や法的規範の共有が生まれない)。

 

 

 別冊法学セミナー「ヘイトスピーチとは何か」と「ヘイトスピーチに立ち向かう」は国内の人種差別問題を考える際の基本文献なので、読んでください。