師岡康子「ヘイト・スピーチとは何か」(岩波新書)

 「ヘイト・スピーチ」が流行語になったのは2013年。「在日特権(そんなものはない)を許さない市民の会」が全国各地でデモや街宣を行い、いくつか刑事事件を起こしてから。ヘイトスピーチに対する抗議活動もできるようになり、法整備が必要という認識も生まれた(法だけでなく、さまざまな人種差別撤廃政策も必要)。この新書は具体的な政策の提言をまとめたものの早いもののひとつ。

第1章 蔓延するヘイト・スピーチ ・・・ 2002年からの民族差別、人種差別の状況を概説。トピックは、京都朝鮮学校襲撃事件、フィリピン人一家を標的にしたデモ、徳島県教組襲撃事件、水平社襲撃事件、2013年上半期の新大久保ヘイトデモ。政治家のレイシズム発言も重大。
(2013年11月の出版以後のトピックをあげると、2016年大阪市ヘイトスピーチ対処条例制定、同年6月ヘイトスピーチ解消法施行、同年6月川崎ヘイトデモ中止、同年12月大阪市鶴橋周辺へのレイシスト立ち入り禁止仮処分。一方、沖縄での機動隊員の「土人」発言、在特会本会長が都知事選に立候補しヘイト演説を繰り返しなどが重要。)


2016年6月ヘイトスピーチ解消法施行
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2016/6/5 川崎ヘイトデモ中止
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togetter.com
政治家レイシズムのデータベース

antiracism-info.com


2016年7月前在特会会長都知事立候補でのヘイト演説集(ヘイトスピーチが含まれます。閲覧注意)
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第2章 ヘイト・スピーチとは何か ・・・ 「広義では、人種、民族、国籍、性などの属性を有するマイノリティの集団もしくは個人に対し、その属性を理由とする差別的表現であり、その中核にある本質的な部分は、マイノリティに対する『差別、敵意又は暴力の扇動』『差別のあらゆる煽動』であり、表現による暴力、攻撃、迫害である。(略)悪質なものは刑事規制、悪質といえないものは民事規制、そこまで至らないものは、法規制以外での抑制が要請されており、すべてが犯罪とされるわけではない(P48)」。HSは「憎悪のピラミッド」が分かりやすい。HSが被害者の「魂の殺人」であり沈黙効果を強いる。放置すると、ジェノサイド、戦争になる(ナチスであり戦前軍国主義日本でありボツワナであり旧ユーゴスラヴィアであり・・・)。国連は人種差別撤廃条約の批准を進めているが、日本はいまだに加入。さまざまな差別の撤廃を勧告されているが今のところ無視している。

(2016年2月時点でのこの国の人種差別撤廃条約「加入」の状況と、アジア諸国の状況はこのまとめが参考になる。民主主義や公正に関して、日本はアジア周辺諸国より遅れてしまった。四半世紀前まで全体主義であり、民主主義が規制されていた国よりも取組が遅れている。)
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第3章 法規制を選んだ社会 ・・・ 以下の諸国でのヘイトスピーチ対策の歴史と法規制を検討する。表現の自由保障とのバランス、刑事処罰か民事処罰か、運用、目的m、乱用事例などに注目。
イギリス―多民族社会の模索/ ドイツ―負の歴史と向き合う/ カナダ―国際人権基準から見た一つのモデル/ オーストラリア―多文化主義への転換
(前2国は民主主義の歴史と負の差別政策の歴史を持つ。後2国は移民と先住民族排斥の歴史をもつ。HS規制には、負の歴史、過去の差別政策の清算の意味もある。近年は労働力不足から移民推進、多文化主義の政策をとる。ただし、911以降、狂信的愛国主義者、差別主義者の排外主義言辞が民衆の賛同を得るようになりつつある。これらの国が法規制を始めたのは1960-80年代。この国は30-50年遅れている。)

 

第4章 法規制慎重論を考える ・・・ 2013年当時の慎重論を取り上げ、規制が必要であることを示す。表現の自由には「自己実現」と「自己統治」の目的があるが、HSがそれにあたるかという点に注目(ないと一蹴)。さらに政府の責任について(差別撤廃政策をとらないのは、過去の差別政策への無反省、公正な社会実現の放棄、国際法上の責任放棄にあたる)
アメリカにはHS規制法はないが、ほかの法や裁判所判例で規制されている。2016年6月に罰則規定のないHS解消法が成立。以後をみると、そう簡単に政府や司法、行政はHS規制にあたることはなく、市民の監視がないとなかなか運用されていない。罰則規定がないので、レイシストの言動も抑制されていない。対象が「本邦外出身者」とされるなど限定的などさまざまな問題が残っている。とくに公人のレイシズムと選挙のHSに対する規制がないのが問題。)

 

第5章 規制か表現の自由かではなく ・・・ 法の施行だけでは不十分で、包括的な人種差別撤廃政策が必要。実態調査、人種差別禁止法の制定、救済制度、人種差別撤廃教育、加害者への教育、個人通報制度、担当省庁決定、政府から独立した人権機関など。
ヘイトスピーチレイシスト、差別団体によって行われるが、その背景には政府や国家の差別政策の維持や人種差別撤廃への無関心がある。公務員、公人への人種差別撤廃教育、彼らのレイシズムに対する刑事罰などが必要な由縁。)
具体的な提言は、法学セミナー2015年7月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム 」(日本評論社)も参照。


 初出が2013年11月なので、当然それ以降の動きはのっていない。重大なのは2016年で、第1章のレビューに補足した。これだけではもちろん不十分であるし、詳細も端折っているので、SNSで追いかける必要がある。とりあえずまとまっているのは、手前みそながら、ここがよい。


ヘイトスピーチ対策 啓発資料集
togetter.com

レイシズム監視情報保管庫
t.co
 HS解消法(正式名称は「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」)が成立し、施行されたので、ヘイトスピーチに対する抗議者(プロテスター、カウンター)やアンチレイシズムの運動は次のステージに入っている。この本の第5章を実現するのが、少し長期的なミッションであるとすると、短期的には都道府県や市区町村でHS抑止条例をつくることがミッションになるだろうか(ここは個人的な考え)。

 

 


参考
法務省の「ヘイトスピーチに焦点を当てた啓発活動」へ―ジ
www.moj.go.jp

法務省:「これがヘイトスピーチ」 典型例を提示
mainichi.jp