安田浩一「ヘイトスピーチ」(文春新書)

 この新書は2015年に出た。それ以前に、著者は2012年に安田浩一「ネットと愛国」(講談社)を出していたので、2012年から15年までのできごとが追加されている。もちろん新書という形式であるので、「ネットと愛国」に登場した自称「愛国者」のインタビューや路上のヘイトスピーチも再録されている。おおよそ2002年の日韓共催のサッカー・ワールド・カップで過激化した排外主義や差別主義の「運動」の歴史を知るのによい。
 この国の歴史を見ると、周辺のアジア諸国への差別感情が生まれたのは最近のこと。明治維新を実行したときに、この「革命(西洋列強の侵略を阻止し国民国家を形成)」を世界革命に転化しようとする気運が生まれた。その際に、近代化(せいぜい封建システムの廃棄くらい)に「遅れた」周辺諸国を領導しようという驕った気分になり、転化して差別感情になった。端緒は明治のゼロ年代の「征韓論」。その後の差別的な政策の歴史は 海野福寿「韓国併合」(岩波新書) 、 高崎宗司「植民地朝鮮の日本」(岩波新書)に詳しいので参照のこと。
 敗戦で懲りたかにみえたが、そんなことはなく、陰湿な差別は続く。そのあたりは、田中宏「在日外国人(新版)」(岩波新書) に詳しい。こういうレポ( 野村進「コリアン世界の旅」(講談社文庫))も必読。
 本書には、悪質で言語道断なヘイトスピーチが記載されている。読むだけでも、怒りと落ち込み、悔しさと悲しみのさまざまな感情が押し寄せてくる。ここでは二次被害を防ぐために、引用はしない。しかし、日本人の差別主義者がいかに非道であるか、犯罪性のあることを平気でやらかしているかを知るために、ヘイトスピーチの実例を知ることは重要。
 この本は2014年までのことが書かれている。2014年は路上のヘイトデモや街宣件数がもっとも多く、参加者も多かった時期。そのあと変化が起きていて、以下のエントリーを参照。

法学セミナー2018年2月号「ヘイトスピーチ/ヘイトクライム III」(日本評論社)
笠井潔/野間易通「3.11後の叛乱 反原連・しばき隊・SEALDs」(集英社新書)-1
笠井潔/野間易通「3.11後の叛乱 反原連・しばき隊・SEALDs」(集英社新書)-2


 路上のヘイトに対する抗議が全国で起きたり、ヘイトスピーチ解消法が施行されたり、自治体で抑止条例が施行されたりと、本書にでてくるような悪質は差別主義団体や差別主義者の活動を抑え込めるようになった。このモーメントに2012年以降のヘイト行動の件数推移がでているので、参照のこと。
https://twitter.com/i/moments/949465007154118656

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 しかし、一方で、今度は一般市民の差別感情が露呈するようになった。大阪のすし店が韓国人観光客にわさびを大量のもった嫌がらせをするとか、アジアの観光客に日本人市民が嫌がらせや暴力行為を働くとか、公共機関(バス)で韓国人への差別的文言が掲示されるとか、大阪機動隊が派遣先の沖縄で県民を「土人」と侮蔑するとか、大相撲でモンゴル人力士へのヘイトスピーチが野次で行われるとか、枚挙にいとまがない。ヘイトスピーチや差別行為を簡単に(たぶん無意識に)実行する素地がこの国に生まれている。著者は「社会が在特会化している」とまとめる。
 その先にある未来は暗たんたるものであるので、ヘイトスピーチに対して「反対」「ダメ」「やるな」と目に見えるように発信・行動することは必要。それを実行している方々をリスペクト。