【2020/9/10】日本弁護士連合会の「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律の適正な運用を求める意見書」

 

本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律の適正な運用を求める意見書

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意見書全文 (PDFファイル;267KB)
2020年9月10日
日本弁護士連合会

本意見書について
当連合会は、2020年9月10日付けで「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律の適正な運用を求める意見書」を取りまとめ、9月24日付けで内閣総理大臣法務大臣文部科学大臣総務大臣警察庁長官都道府県知事及び全国市長会会長宛てに提出しました。


本意見書の趣旨
本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(以下「解消法」という。)を適正に運用するため、以下の内容を検討すべきである。


1 国は、教育内容への過度の介入にならないよう配慮しつつ、不当な差別的言動解消のための教育に関する取組を把握した上、教育現場に対し、差別の歴史的背景を踏まえることの重要性、何が不当な差別的言動に該当するのかについて、その典型例も含め周知することの重要性を示し、全国で不当な差別的言動を解消するための教育活動が実施されるよう、取り組むべきである。


2 不当な差別的言動を伴うデモへの対応について


(1) 不当な差別的言動を伴うデモ(以下「ヘイトデモ」という。)が行われる蓋然性の高い場合に警備の警察官が行う解消法の趣旨に関するアナウンスは、今後も継続されるべきである。


(2) 上記アナウンスが表現行為に対する萎縮効果をもたらすことがないよう、国は基準を策定し、各都道府県警を通じて警察官に対する解消法に関する研修を行い、かつ、アナウンスの実施状況につき第三者を含めた形で事後的に検証する体制を整えるべきである。


(3) ヘイトデモの現場警備に当たっては、不当な差別的言動に対して反対の声を挙げる人々(以下「カウンター」という。)が、他の歩行者の通行を妨げていない場合や、デモ参加者との衝突の具体的な危険がない場合にまで、カウンターの移動の自由や表現の自由を過度に制限することがないよう、十分な配慮がなされるべきであり、その配慮がなされた実施状況につき第三者を含めた形で事後的に検証する体制を整えるべきである。


3 国及び地方公共団体は、インターネット上の不当な差別的言動について、特定個人を対象にするもののみならず、集団等を対象にするものであっても、プロバイダへの削除要請を積極的に行うべきである。


4 不当な差別的言動が行われる場合の公の施設の利用制限に対する取組について


(1) 地方公共団体は、自らが管理する公の施設において不当な差別的言動が公然と行われるおそれが客観的事実に照らして具体的に明らかだと認められる場合には、その利用制限ができるよう条例を改正すべきである。なお、前記利用制限に関して、いわゆる「迷惑要件」を課すべきではない。


(2) 地方公共団体は、公の施設利用制限を実効的かつ適切に行うために、専門家を含む第三者機関に要件該当性を判断させる仕組み等を明記したガイドラインを制定すべきである。

 

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本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律の適正な運用を求める意見書
2020年(令和2年)9月10日
日本弁護士連合会
第1 意見の趣旨
本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(以下「解消法」という。)を適正に運用するため,以下の内容を検討すべきである。

1 国は,教育内容への過度の介入にならないよう配慮しつつ,不当な差別的言動解消のための教育に関する取組を把握した上,教育現場に対し,差別の歴史的背景を踏まえることの重要性,何が不当な差別的言動に該当するのかについて,その典型例(注1)も含め周知することの重要性を示し,全国で不当な差別的言動を解消するための教育活動が実施されるよう,取り組むべきである。

 

2 不当な差別的言動を伴うデモへの対応について
(1) 不当な差別的言動を伴うデモ(以下「ヘイトデモ」という。)が行われる蓋然性の高い場合に警備の警察官が行う解消法の趣旨に関するアナウンスは,今後も継続されるべきである。
(2) 上記アナウンスが表現行為に対する萎縮効果をもたらすことがないよう,国は基準を策定し,各都道府県警を通じて警察官に対する解消法に関する研修を行い,かつ,アナウンスの実施状況につき第三者を含めた形で事後的に検証する体制を整えるべきである。
(3) ヘイトデモの現場警備に当たっては,不当な差別的言動に対して反対の声を挙げる人々(以下「カウンター」という。)が,他の歩行者の通行を妨げていない場合や,デモ参加者との衝突の具体的な危険がない場合にまで,カウンターの移動の自由や表現の自由を過度に制限することがないよう,十分な配慮がなされるべきであり,その配慮がなされた実施状況につき第三者を含めた形で事後的に検証する体制を整えるべきである。

 

3 国及び地方公共団体は,インターネット上の不当な差別的言動について,特定個人を対象にするもののみならず,集団等を対象にするものであっても,プロバイダへの削除要請を積極的に行うべきである。

 

4 不当な差別的言動が行われる場合の公の施設の利用制限に対する取組について
(1) 地方公共団体は,自らが管理する公の施設において不当な差別的言動が公然と行われるおそれが客観的事実に照らして具体的に明らかだと認められる場合には,その利用制限ができるよう条例を改正すべきである。なお,前記利用制限に関して,いわゆる「迷惑要件」を課すべきではない。
(2) 地方公共団体は,公の施設利用制限を実効的かつ適切に行うために,専門家を含む第三者機関に要件該当性を判断させる仕組み等を明記したガイドラインを制定すべきである。

 

 

第2 意見の理由

1 はじめに
2016年5月24日に成立した解消法の施行後,約4年3か月が経過した。
解消法の成立によって,本邦外出身者に対する不当な差別的言動(注2)は解消しなければならないものであることが確認された。しかし,解消法が定義する不当な差別的言動の対象は,日本が批准する人種差別撤廃条約と比して極めて狭く,禁止を明確にうたったわけでもなく,ましてや法的規制の是非については意見が対立し,同法において新たな法的規制は盛り込まれなかった。
しかし,人種的差別は,その対象者の尊厳を踏みにじり,人格権を否定するものであって,個人の尊重を定めた憲法13条及び人種等による差別を禁止した憲法14条に反して許されない。
また,日本が1995年に加入した,あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(以下「人種差別撤廃条約」という。)2条1項(d)も,締約国に対し,「すべての適当な方法(状況により必要とされるときは,立法を含む。)により,いかなる個人,集団又は団体による人種差別も禁止し,終了させる」義務を課していることに照らせば,人種的差別に対して効果的な法的規制を行わないことは人種差別撤廃条約違反であり,許されない。
このような考えから,当連合会は,2015年5月7日に「人種等を理由とする差別の撤廃に向けた速やかな施策を求める意見書」(以下「2015年意見書」という。)を公表し(注3),人種的差別にかかる基本法の制定や実態調査等を提言した。また,解消法の成立後は,ヘイトデモ等が行われているとされる46の地方公共団体及び市区教育委員会並びに全都道府県警察に対し,不当な差別的言動に対する取組に関する照会(以下「当連合会の照会」という。)を行い,2017年5月31日,同照会の結果を分析した「ヘイトスピーチに対する取組に関する照会結果報告」(注4)を公表した(以下「照会結果報告」という。)。さらに,関係省庁や熱心な取組を行っている地方公共団体,学識経験者からも意見を聴取し,現時点における問題点の把握に努めた。
その結果,解消法が十分には機能しておらず,適正に運用される必要があると判断し,今般改めて意見を述べる次第である。

 

2 教育について
(1) 国及び地方公共団体が行ってきた取組
解消法6条は,1項において「国は,本邦外出身者に対する不当な差別的言動を解消するための教育活動を実施するとともに,そのために必要な取組を行うものとする。」と定め,2項において「地方公共団体は,国との適切な役割分担を踏まえて,当該地域の実情に応じ,本邦外出身者に対する不当な差別的言動を解消するための教育活動を実施するとともに,そのために必要な取組を行うよう努めるものとする。」と定めている。
①国が行ってきた取組
文部科学省は,解消法が施行された直後の2016年6月20日付けで「『本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律』の施行について」と題する通知を各都道府県教育委員会担当事務主管課長等各種教育機関ないし同機関を所管する委員会の担当者らに対して発出し,解消法について「十分了知されるとともに,本法を踏まえた適切な対応についてご留意願い」たい旨を求めた。また,同省は,法務省や関連省庁との会議(「人権教育・啓発中央省庁連絡協議会ヘイトスピーチ専門部会」)に参加し,解消法を踏まえた適切な対応について協議も行っている。
しかし,通知は,上記のものが一度発出されただけであり,関連省庁との協議の開催も三度だけである。
そもそも同省は,法務省と異なり,解消法6条に定められた「教育活動」を実施するためのプロジェクトチームを設置しておらず,どのような教育活動を行うのかについて具体的な方針も示していない。

地方公共団体が行ってきた取組
当連合会の照会に回答した36地方公共団体過半数において,いまだ具体的な取組が行われていなかった。特に,不当な差別的言動やヘイトスピーチに特化していない,一般的な人権教育で対応しようとする地方公共団体が多く,不当な差別的言動が向けられることが最も多い在日コリアンに対する差別に焦点を当てて取り上げる地方公共団体はごく僅かであった。

(2) 現状の評価と今後の在り方について
本邦外出身者に対する不当な差別的言動(特に在日コリアンに対するものが多い。)を解消するためには,日本において長く根強く存在してきた在日コリアンへの差別の歴史,歴史的背景に目を向けなければならない。
しかし,実際には,そのような視点を持った教育実践事例は極めて少なく,一般的な人権教育で対応する地方公共団体が多かった。
この点,文部科学省は,各地の取組事例をインターネット上に掲載しており,取り上げられた事例の中には,韓国併合などの歴史的背景を踏まえ,在日コリアンの割合が在日外国人の中で高いことを指摘した上で,ヘイトスピーチの問題を取り上げるものもある。しかし,外国語や外国の文化を知ることに重点が置かれていたり,アジアの発展途上国の貧困問題を取り上げるにとどまる事例もあり,不当な差別的言動解消のための教育内容として格差が認められる。文部科学省が,後者の事例を含めて「不当な差別的言動解消のための教育事例」として紹介した場合,不当な差別的言動解消のための教育として重要な視点が欠落したままの不十分な内容の教育が,解消のための教育として適切であるかのように理解されてしまう危険性もある。
そもそも,国が,「本法を踏まえた適切な対応についてご留意願」うと通知するだけにとどまり,「国との適切な役割分担」の調整の前提として,各地で解消法を踏まえた教育がどのように行われているのかについて把握していないことに問題がある。したがって,まず,「本法を踏まえた適切な対応」に関し,一般的な人権教育にとどまらず,不当な差別的言動を含む人種差別に特化した教育についての実態調査を行い,実情を十分に把握し,適切な対応をより強く促すべきである。
なお,解消法6条2項において「地方公共団体は,国との適切な役割分担を踏まえて,当該地域の実情に応じ,本邦外出身者に対する不当な差別的言動を解消するための教育活動を実施するとともに,そのために必要な取組を行うよう努めるものとする。」(下線は当連合会)と定めていることから,「当該地域内においてヘイトデモは行われていないので(それが実情だから)さほど教育の必要性がない」などと判断するようなことがあってはならない。不当な差別的言動はデモにとどまらず,インターネット上でも頻繁になされており,子どもたちはそれを日常的に目にしているからである。また,地方公共団体教育機関は,不当な差別的言動が何であるのかを十分理解した上で,当該地域の実情(各教育機関にあっては,同教育機関内の実情。例えば,いじめの原因が不当な差別的言動に関連するものなのか否かについての実情)を把握した上で,意欲的に取り組んでいる他地域の事例も参考にして「本法を踏まえた適切な対応」に取り組むべきである。この点,例えば,兵庫県教育委員会においては,2014年12月付けで「『ヘイトスピーチ』に対する正しい理解に向けて」と題する校内研修資料を作成・公表し,国連の動きや在日韓国・朝鮮人の歴史的背景という項目を設け,詳しく解説を行っているところである。
もちろん,過去の歴史を踏まえれば,国が特定の内容の教育を強制し,あるいは奨励することによって重大な弊害を生じさせてきたことに十分留意し,教育内容への過度の介入にならないよう配慮しなければならない。よって,国は,教育内容への過度の介入にならないよう配慮しつつ,不当な差別的言動解消のための教育に関する取組を把握した上,教育現場に対し,差別の歴史的背景を踏まえることの重要性,何が不当な差別的言動に該当するのかについて,その典型例(注5)(脅迫的な言動,著しく侮蔑する言動,地域社会からの排除を煽る言動)も含め周知することの重要性を示し,全国で不当な差別的言動を解消するための教育活動が実施されるよう,取り組むべきである。なお,このような教育活動を行うためには,「本邦外出身者」に対する「不当な差別的言動」のみを対象にする解消法に加え,そもそも「人種的差別」自体が許されない行為であるということを明確化する法律が制定されることが望ましい。

 

3 不当な差別的言動を伴うデモへの対応
(1) 警察庁の対応
警察庁は,解消法施行日である2016年6月3日,各都道府県警の長に宛てて,「法の趣旨を踏まえ,警察職員に対する教養を推進するとともに,法を所管する法務省から各種広報啓発活動等への協力依頼があった場合にはこれに積極的に対応するほか,いわゆるヘイトスピーチといわれる言動やこれに伴う活動について違法行為を認知した際には厳正に対処するなどにより,不当な差別的言動の解消に向けた取組に寄与されたい。」とする通達(警察庁丙備企発第147号,丙公発第21号)を発出した。

(2) 各地の警察署の対応の現状
① 差別的言動に対する対応
ヘイトデモや街宣の最中,その参加者が発する差別的言動が,特定人に対して向けられ,かつ,脅迫,侮辱,名誉毀損等の刑法犯罪の構成要件に該当し,もって理論上は現行犯逮捕が可能な場合であっても,現場の警察官は,当該発言者に対し,注意することもなく黙って警備を続けている現状がある。加えて,仮に不特定の者(「○○人」,「○○民族」など)に対して向けられている場合であっても,特定の学校や店舗等の前で継続してなされるような場合などは威力業務妨害罪が成立し得るが,そのような場合でも現場の警察官の行動は同様である(注6)。また,この状況は解消法施行前後で特段の変化は見られない。しかし,デモの目前にある朝鮮学校に向けて,あるいはデモを批判する現場の特定の個人に向けて,「ぶっ壊せ」,「出て行け」,「殺してやる」などと怒号を浴びせる行為が現に行われているにもかかわらず,何もせず,ただひたすらそのヘイトデモの警備を続ける警察官の態度は,社会に対し,警察(国)はこのような醜悪な差別的言動を承認しているという印象を与え,それにより人種差別主義の助長という効果をもたらしている。同時に,不当な差別的言動により傷つき恐怖を覚えているマイノリティ当事者は,自分たちは警察(国)に守ってもらえない存在であるという不安や絶望感を抱いていることが報告されている(注7)。一方,解消法の施行後,ヘイトデモを先導・警備する警察官が,ヘイトデモの参加者に向けて,「法律に基づき国民は本邦外出身者に対する不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努めなければなりません。みなさまのご協力をお願いします。」といった注意喚起のアナウンスをするようになった(注8)。かかるアナウンスは不当な差別的言動に対する一定の抑止力としての効果を有すると認められ,解消法7条1項2項により国及び地方公共団体に義務付けられた啓発活動の一環として,今後も継続されるべきである。しかし,現状,アナウンスの有無についてはデモの場所や時期によりばらつきがあり,全国的な基準が存在するわけでない。また,1回のデモで行われるアナウンスの回数にもばらつきがある。
したがって,過去に不当な差別的言動を行ったこと等により,今回のデモにおいても不当な差別的言動を行う蓋然性が高い団体・個人が主催するデモについては,各都道府県警察は,デモの開始直前及びデモの最中に,繰り返しアナウンスを行う旨の基準を国(警察庁)が策定し,各都道府県警を通じて現場の警察官に実施させるべきである。
また,解消法が差別的言動の禁止規定を持たない現状を前提とする限り,警察官が行うアナウンスの内容は,特定の言論を制約する内容ではなく,上記のとおり解消法の趣旨に基づいて差別のない社会の実現を呼び掛ける程度の一般的な啓発に留まらざるを得ない。したがって,かかるアナウンスによる表現の自由に対する萎縮効果は極めて限定的と言えるものの,これが濫用的に行われることのないよう,警察庁は,全国の警察官に対して解消法に関する定期的な研修を行い,また,アナウンスの方法が適正であったか,表現の自由を不当に規制するものになっていなかった等について,第三者を含めた形で事後的に検証すべきである。
②カウンターに対する対応
近年,ヘイトデモの現場に,これに反対する立場のカウンターが参集し,ヘイトデモに対する抗議活動を行っている。ヘイトデモの参加者に対して不当な差別的言動を行わないようにとのメッセージを直接届け,ヘイトデモにより恐怖や悲しみに襲われるマイノリティ当事者に対する救いとしての役割も担っており,解消法3条が定める努力義務の体現として,人種差別の広がりに対する重要な抑止力としての機能を果たしている。
これに対し,警察は,現場にヘイトデモ参加者及びカウンターをはるかに上回る数の警察官を配備し,カウンターと対峙する姿勢でヘイトデモの列を取り囲む,カウンターを柵で囲む,信号を操作してカウンターを足止めにしてカウンターをヘイトデモの列から遠ざける,といった対応をとりつつ(注9),時に「挑発行為を行うのはやめなさい。」,「不法行為が発生した場合,警察は厳正に対処する」などと,強い口調でカウンター活動に注意を促すアナウンスを行っている10。このような警察官の対応について,解消法施行前後で特段の変化は認められない。
現場の警察官による上記対応は,ヘイトデモ参加者とカウンターとの物理的衝突を避ける目的で行われる,道路交通法4条1項11に基づく交通規制の一環,あるいは,カウンターの人々の行動が同法76条4項2号の禁止行為(注12)に該当するとの判断に基づくものと解される。そもそも国は,不当な差別的言動が「許されないもの」であるとし(解消法前文),その解消に向けた取組を実施する責務を負い(同法1条),同時に国民は,不当な差別的言動のない社会の実現に寄与する努力義務を負っている(同法3条)。
そして,道路交通法4条1項は,道路における危険防止や交通の安全・円滑等のため必要があると認める場合に,公安委員会や現場の警察官に対して,一定の交通規制の権限を付与した規定であり,同法76条4項2号は,道路において交通妨害となるような方法で立ち止まることを禁止した規定であることから,カウンターの抗議活動が純粋に抗議の声を上げているに過ぎず,デモ隊との物理的衝突の具体的な危険が認められない場合や,歩行者が実際に通行を妨げられていない場合にまで,ヘイトデモの列から遠く引き離し,その声がヘイトデモ参加者に届かないようにする行為は,同法4条や76条の目的を超えるものと言わざるを得ない。2014年8月に国連人種差別撤廃委員会が行った日本政府報告書審査において,ヘイトデモの様子を映した動画を見た委員の一人は「警察がデモを擁護しているように見えたが,なぜそのようなことをするのか。」と日本政府代表団に疑問を投げかけている。
よって,各都道府県警は,デモ隊との物理的衝突の具体的な危険が認められない場合や,歩行者が実際に通行を妨げられていない場合にまで,カウンターをヘイトデモの列から遠く引き離し,その声がヘイトデモ参加者に届かないようにするなど,カウンターに対する過剰な警備をやめ,カウンターの移動の自由,表現の自由に配慮した対応をすべきである。また,その配慮がなされた実施状況につき第三者を含めた形で事後的に検証する体制を整えるべきである。

4 インターネット上での不当な差別的言動への対策について
(1) インターネット上の不当な差別的言動の問題
インターネット(以下「ネット」という。)は,多種多様な意見が自由に交わされる言論空間として重要な表現の場であり,自由闊達な議論が保障されるべきである。
他方,ネット上における不当な差別的言動については,解消法施行後も減少傾向にあるとは言えず,むしろ増加傾向にあるとさえ言われている。ネット上の不当な差別的言動が放置されれば広く拡散するおそれもあるが,ヘイトスピーチをはじめとしたネット上の不当な差別的言動は,対象者の尊厳を踏みにじり,人格権を否定するものであることに鑑みれば,決して放置されてはならず,解消法の意義からしても,ネット上の差別的言動に早急に対処する必要がある(注13)

(2) ネット上の不当な差別的言動への対処の現状
法務省の対応
法務省は,以前から,「インターネット上の人権侵害情報による人権侵犯事件に関する処理要領について(通知)」を発出し(注14),人権救済手続の一つとして,ネット上の名誉毀損などに対応してきた。一定の要件を満たせば,法務局から直接プロバイダ等に対して削除要請を行っている。
この扱いは個人に対する名誉毀損などを対象にしていたが,法務省は,2019年3月8日付けの「インターネット上の不当な差別的言動に係る事案の立件及び処理について(依命通知)」を発出し(注15),「集団等が差別的言動の対象とされている場合であっても,①その集団等を構成する自然人の存在が認められ,かつ,②その集団等に属する者が精神的苦痛等を受けるなど具体的被害が生じている(又はそのおそれがある)と認められるのであれば,やはり救済を必要とする『特定の者』に対する差別的言動が行われていると評価すべきこととなる」とした。
さらに,解消法が成立したことから,「人権侵犯事件として立件・調査の結果,人権侵犯性が認められない差別的言動であっても,その調査の過程において,当該差別的言動が解消法2条に規定する『本邦外出身者に対する不当な差別的言動』に該当すると認められたものについては,プロバイダ等に対し,その旨の情報提供を行い,約款に基づく削除等の対応の検討を促すことが望ましい」としている。
これらの対応によって,集団等が不当な差別的言動の対象とされた場合であっても,法務局がプロバイダ等に対して削除要請を行うことができるようになった。

② プロバイダ側の対応
解消法が施行されたこと及び2016年12月16日に「部落差別の解消の推進に関する法律」が施行されたことを受け,通信関連業界4団体の代表メンバーからなる違法情報等対応連絡会において「違法・有害情報への対応等に関する契約約款モデル条項の解説」の改訂が行われ,モデル条項の当該条文の解説部分に,不当な差別的言動や同和問題に関する解説が加えられた。ホームページでは,「第1条(禁止事項)の(3)の『他者に対する不当な差別を助長する等の行為』には、従来からヘイトスピーチ同和問題も含まれておりますが、そのことを解説部分に明記することにより,第1条(3)にそうした内容が含まれることを明確化しました」としている(注16)。

③ 各地方公共団体の対応一部の地方公共団体が行っているインターネットモニタリング(以下「ネットモニタリング」という。)事業とは,ネット上での掲示板等に対して定期的にモニタリング(監視)を行い,悪質な差別的書き込みを早期に発見し,当該書き込みが重大な人権侵害に当たる場合には,削除要請を行うことで,差別的発言が助長されることを防ぐ事業である。
ネットモニタリングの必要性については,大阪弁護士会が2017年1月18日付けの「ヘイトスピーチ解消に向けた積極的施策の早期実現を求める意見書」で指摘し(注17),第二東京弁護士会は,2018年3月19日付けの「インターネット上の人種差別的ヘイトスピーチ撲滅のために適切な対応を求める意見書」において,ネット上のサイト運営者に対して,ヘイトスピーチの自主的な削除を要請している(注18)。
例えば,尼崎市の2017年度の実績としては,市内を対象とする書き込みについて117件の削除要請を行い,現実に96件が削除されている。市外地域を対象とする差別的書き込みを発見した場合は,従前は当該地域に情報提供を行ってきたが,現在では,市が直接削除要請を行っている。
2017年度の市外地域を対象とする書き込みについては,1610件の削除要請を行い,1352件が削除されている(注19)。

(3) ネット上の不当な差別的言動への対処の課題と今後の対応
ネットモニタリングで削除要請を行うと,部落差別と地名が結び付いた書き込みについては,ほとんどの場合,運営者がこれに応じるが,不当な差別的言動に関しては,特定の個人に対する攻撃でない限り削除要請には応じないことが多い。そのため,「朝鮮人」など特定の個人を対象とせずに民族や集団等を対象にした発言に関しては,要請があっても削除されないという現状がある。上記のとおり,法務省は依命通知によって,集団等を対象にした不当な差別的言動についても削除要請を行うことができるようにしたが,その効果はいまだ明らかではない。
ネット上の不当な差別的言動を放置すべきではなく,プロバイダによる自主努力,法務省地方公共団体による啓発活動やネットモニタリング事業等により,適切に対処することが望まれるが,法務省地方公共団体は,削除要請を行うにとどまり,削除については強制力がないことが限界として存在する。
よって,当面は,法務省及び地方公共団体が,集団等を対象にした不当な差別的言動についても削除要請を積極的に行うことにより,ネット上の不当な差別的言動に対処すべきである。

 

5 不当な差別的言動が行われる場合の公の施設の利用制限に対する取組
(1) 解消法施行後の国及び地方公共団体の取組
① 国が行ってきた取組
法務省は,解消法施行後,人権擁護局内に不当な差別的言動の解消に向けた施策を行う「ヘイトスピーチ対策プロジェクトチーム」を設置した。同チームは,ヘイトデモの多い13の地方公共団体(東京都・東京都中央区・同新宿区・神奈川県・川崎市京都府京都市大阪府大阪市兵庫県・神戸市・福岡県・福岡市)を集めて,2016年9月30日,人権教育・啓発中央省庁連絡協議会ヘイトスピーチ専門部会を開催した。同年末,法務省人権擁護局が,前述の専門部会で要望のあった地方公共団体に対し,参考情報(以下「本件参考情報」という。)を配布した。本件参考情報により,①公の施設の使用時に不当な差別的言動が行われることが予想されるようなときでも,解消法の直接の効果として直ちに使用不許可とすることはできないが,他の法令(例えば,地方自治法244条2項の公の施設利用を拒否できる「正当な理由」)の解釈指針となり得ること,②不当な差別的言動は,本邦外出身者に対する(ア)脅迫的言動,(イ)著しく侮辱する言動,(ウ)地域社会から排除し排斥することを煽動する言動の3類型があることが示された(法務省のウェブサイトで不当な差別的言動の典型例として3類型が例示されていることは,上記第2の2で述べたとおりである。)。
② 各地方公共団体が行ってきた取組
本意見書第2の1で述べたとおり,当連合会は,解消法施行1年に合わせて行った調査につき照会結果報告を公表した。その中で,公の施設を利用した集会で不当な差別的言動のおそれがある場合の対策として,施設利用許可に関する規定やガイドライン等を変更したのは,3都府県と4市区であったことが判明した。そのうち,愛知県は,不当な差別的言動が行われるおそれがある場合については利用を許可しない旨の基準を審査基準に明記した。また,東京都渋谷区は,公園の使用申請の際,不当な差別的言動の集会ではない旨を確認することとなった。
川崎市は,2018年3月31日から,解消法に基づく「公の施設」利用許可に関するガイドラインを施行した。同ガイドラインは,地方自治法244条2項が規定する公の施設利用を拒むことができる「正当な理由」についての具体的な解釈指針を示すものであり,主要な点は,以下のとおりである。
まず,①「不当な差別的言動」の定義については,解消法2条と原則同じであるとし,②利用制限のうち「不許可」及び「許可の取消し」は,「不当な差別的言動の行われるおそれが客観的な事実に照らして具体的に認められ」(言動要件),かつ,「その者等に施設を利用させると他の利用者に著しく迷惑を及ぼす危険のあることが客観的な事実に照らして明白な場合」(迷惑要件)にのみ認められるとし,③各施設の所管組織が,当該施設利用において,言動要件及び迷惑要件に該当することが判明したと判断したときに,第三者機関(川崎市人権施策推進協議会内の「ヘイトスピーチに関する部会」)への意見聴取が行われることを内容としている。
京都府は,2018年4月14日,「京都府の公の施設等におけるヘイトスピーチ防止のための使用手続に関するガイドライン」を施行し,同年7月1日,京都市も,「解消法を踏まえた京都市の公の施設等の使用手続に関するガイドライン」を施行した。京都府及び京都市ガイドラインはともに,「不当な差別的言動」の定義を解消法2条と同じとし,川崎市が言動要件及び迷惑要件の両要件を必要としているのに対し,京都府及び京都市の場合には両要件の具備までは求めておらず,言動要件または迷惑要件のいずれかに該当する場合に,公の施設の利用制限ができるとしている。
その後,東京都も,2018年10月5日,「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」案を都議会本会議で可決し,2019年4月に全面施行された。本条例の11条には,「知事は,公の施設において不当な差別的言動が行われることを防止するため公の施設の利用制限について基準を定めるものとする。」と規定されている。そして,その基準としては,「ヘイトスピーチ」(解消法2条の不当な差別的言動と同義であるとされる。)が行われる蓋然性が高いこと(言動要件)と「ヘイトスピーチ」が行われることに起因して発生する紛争等により,施設の安全な管理に支障が生じる事態が予測されること(迷惑要件)の2つの要件を挙げ,京都府及び京都市と異なって川崎市同様,両要件を満たした場合に利用制限を行うことができるとしている。
そこで,不当な差別的言動が行われる場合に,言動要件に加えて迷惑要件を必要とすることの是非について検討する。

(2) 問題点
川崎市における問題について
川崎市において,2018年6月3日,ある団体が主催する講演会(以下「本講演会」という。)が川崎市教育文化会館で予定された。この団体が主催した2017年12月10日の講演会において,主催者や講演者の一人は,在日コリアンに対する差別を煽動する発言を相次いで行った。しかし,川崎市ガイドラインでは,当該施設の所管組織が,言動要件と迷惑要件の両方を満たすおそれが高いと判断した場合にのみ第三者機関に意見聴取を行うこととなっていたため,本講演会については言動要件に該当しないと判断した結果,第三者機関に対する意見聴取をしないまま,川崎市教育文化会館の使用を許可した。本講演会は,当日数多くの人々が本講演会の開催場所に集まり激しい抗議活動を展開し,中止となっている。その際,本講演会の参加者が,反対するために集まった人々に対して,「うじ虫,ゴキブリ,日本から出て行け」等と発言した。
その後,2018年12月2日,同じ団体が,再び講演会を同じ場所で行いたいとして川崎市に対し使用許可申請を行った。川崎市は,上記発言を理由に,「不当な差別的言動を行わないことなど関係法規を確実に順守するよう警告する」との文書を渡した上で,使用を許可したので,講演会が実施された。
2019年1月22日に開かれた川崎市の「ヘイトスピーチに関する部会」において,阿部浩己部会長(明治学院大学教授)は,「迷惑要件がある以上,ヘイトスピーチが行われるのが明らかでも許可せざるを得ない。仕組み上,大きな矛盾を抱えている」と指摘した。
このような川崎市ガイドラインに関する一連の動きにより,公的施設利用不許可の判断について,第三者機関が常に関与できるわけではないこと及び言動要件に加えて迷惑要件があることが障害となっており,実効性ある取組の必要性が明らかになったと言える。

② 愛知県における問題について
2019年10月27日,愛知県は,不当な差別的言動が行われるおそれがあるときには不許可とする利用基準があるにもかかわらず,不当な差別的言動を行う蓋然性が非常に高い団体が行う催しに,愛知県管理の施設を使用させた。また,本件催し当日,明らかに不当な差別的言動に該当する展示品があり,施設利用の中止を命じることができる利用基準があるにもかかわらず,判断権者である当該施設所長は,展示物の内容が不当な差別的言動に該当するか判断できないとして本件催しを中止させなかった。しかし,その後,愛知県知事は,記者会見で,「展示内容は,ヘイトに当たり,その時点で,中止を指示すべきであった。現地での対応は不適切であった。」と述べた。
このように,本来判断権者であるはずの施設管理者が,自分では判断できないとして使用の可否についての判断を避けたのは,利用基準の中に,誰が,どのような手続を経て不当な差別的言動に該当するかの判断を行うのかについての明確な規定がなかったからである。
よって,公の施設利用制限を実効的かつ適切に行うためには,不許可基準を設けるだけでなく,専門家を含む第三者機関に要件該当性を判断させる仕組み等を明記したガイドライン等が制定されるべきである。

(3) 望ましい公の施設利用制限の在り方
① 公の施設利用制限の基準と不当な差別的言動解消のための地方公共団体の役割との関係
全国の地方公共団体において,公の施設利用制限の具体的な基準は,各施設の所管組織が拠るべき内部基準(ガイドライン)として定められる場合が多いが,今般解消法4条2項により,地方公共団体も不当な差別的言動解消のための施策を講ずるよう努めなければならないことが明確になったことを踏まえれば,各地方公共団体は,条例で,公の施設において不当な差別的言動がなされてはならないこと,また公の施設の利用が制限される理由として「不当な差別的言動(の解消)」に関する定めを設けることを検討すべきである。
② 公の施設利用制限の具体的基準について
具体的基準を検討するに当たっては,川崎市ガイドラインが参照したと思われる,泉佐野事件の最高裁判例(以下「泉佐野判例」という。)を検討する必要がある。
泉佐野判例を参照して,いわゆる「迷惑要件」を課すことの不当性泉佐野判例とは,1995年3月7日,最高裁判所が,集会が市立泉佐野市民会館で開かれたならば,同会館内又はその付近の路上等においてグループ間で暴力の行使を伴う衝突が起こるなどの事態が生じ,その結果,同会館の職員,通行人,付近住民等の生命,身体又は財産が侵害される事態を生ずることが客観的事実によって具体的に明らかに予見されたという判示の事情の下においては,同会館の使用不許可は,憲法21条,地方自治法244条に違反しないと判断した事案である。泉佐野判例は,施設利用によって,生命,身体又は財産が侵害される事態が生じることを問題としている。それに対して,不当な差別的言動の場合には,施設利用によって,暴力の行使を伴わなくとも,「不当な差別的言動が行われ,その出身者又はその子孫が多大な苦痛を強いられるとともに,当該地域社会に深刻な亀裂を生じさせ」(解消法前文)ることにより,対象者の尊厳が踏みにじられ,人格権が否定される事態が生じることが問題なのであり,生命,身体又は財産が侵害される事態が生じるわけではない。
したがって,不当な差別的言動によって,対象者の尊厳が踏みにじられ,人格権が否定される以上,生命,身体又は財産が侵害される事態がなくとも,すなわち「迷惑」な事態が生じるおそれがなくとも,不当な差別的言動抑止のために公の施設の利用制限は正当化されるのである。
以上のように,不当な差別的言動抑止のために公の施設利用制限の基準を策定する際に,泉佐野判例を参照として迷惑要件を課すことは妥当ではない(注20)。
イ 公の施設利用制限の基準の考え方泉佐野判例は,問題になった不許可処分は集会の目的や集会を主催する団体の性格そのものを理由とするものでないと判示し,表現内容中立規制について判断したものと位置付けられる。これに対し,「不当な差別的言動が行われ」ることを理由とする不許可処分は,表現の内容自体に着目してなされる規制(表現内容規制)である。つまり,極めて重要な精神的自由権であり,立憲民主制の基礎である表現の自由に対する規制を行うことになる。
しかし,不当な差別的言動は,それを面前で見聞きした対象者に強烈な苦痛を与えて回復しがたい甚大な被害を与え,当該地域社会に深刻な亀裂を生じさせることにより,対象者を地域社会から排除させることとなる(解消法前文参照)から,憲法13条により許されない。
また,憲法14条は,あらゆる差別を禁止しており,不当な差別的言動を受けない権利が憲法上保障されていると解することが憲法14条の趣旨に適合する。さらに,日本が1995年に加入した人種差別撤廃条約4条本文において,締約国は,①人種的優越や,皮膚の色や民族的出身を同じくする人々の集団の優越を説く思想・理論に基づいていたり,②いかなる形態であれ,人種的憎悪・差別を正当化したり助長しようとする,あらゆる宣伝や団体を非難し,また,このような差別のあらゆる煽動・行為の根絶を目的とする迅速で積極的な措置をとることを約束しており,憲法98条2項で条約順守義務を課している。よって,不当な差別的言動によって個人の尊厳を侵されない自由は,憲法上の人格権として法的保護に値する。しかも,公の施設の利用制限は,特定の表現の場の提供が拒否されるだけであり,表現自体が全くできなくなるわけではなく,刑罰規定のように全面的な規制がなされるわけでもない。以上を踏まえると,不当な差別的言動によって個人の尊厳を侵されない自由の侵害が明らかで差し迫っており,規制の手段が必要最小限であることが要求される。具体的には,上記で述べた不当な差別的言動が公然と行われるおそれが①客観的事実に照らして②具体的に③明らかだと認められる場合には,侵害が明らかで差し迫っていると言えるので,公の施設の利用制限ができると解すべきである。なお,①は行政庁の主観を判断の基礎とすることは許されないという意味であり,②は抽象的なおそれでは足りないという意味であり,③は蓋然性が高い必要があるという意味である。また,その利用制限の態様は,表現の自由憲法21条)の重要性に鑑み,単に使用不許可のみを制限手段とせず,条件付き使用許可等,その制限が必要最小限となるようにしなければならない。
そして,行政による表現の自由の不当な制約にならないよう,利用制限の判断に際しては,専門家の入った第三者機関への意見聴取や申請者に事前に反論の機会を与える手続的保障を要件とすべきである。ウ 以上のとおり,各地方公共団体が,自ら管理する公の施設において不当な差別的言動が公然と行われるおそれが客観的事実に照らして具体的に明らかだと認められる場合には,その利用制限ができるよう条例を改正した上,公の施設利用制限を実効的かつ適切に行うために専門家を含む第三者機関に要件該当性を判断させる仕組み等を明記したガイドライン等が制定されるべきである(注21)。

 

6 結語
解消法においては,不当な差別的言動を解消するための国及び地方公共団体の責務が明記され,不当な差別的言動を解消するための教育については個別の規定が定められている。そうであるにもかかわらず,以上に述べてきたとおり,十分な対応がなされているとは言い難い。
よって,本意見書第2の2から5までにおいて述べた対応の検討を求めるものである。
なお,人種的差別が依然根強く残っている現状に鑑みると,これに適切に対処するためには,不当な差別的言動の禁止を明確にうたわず,不当な差別的言動の範囲も狭きに失する解消法の運用を改善するのみでは不十分であって,表現の自由等,私人間の対立する権利関係にも配慮しながら,2015年意見書でも指摘した人種的差別を禁止する法律を制定することが急務である。
以 上

 

1 法務省ウェブサイト http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken04_00110.html

2 解消法は,2条において,「『本邦外出身者に対する不当な差別的言動』とは,専ら本邦の域外にある国,若しくは,地域の出身である者,又はその子孫であって適法に居住するものに対する差別的意識を助長し,又は誘発する目的で,公然とその生命,身体,自由,名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し,又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど,本邦の域外にある国又は地域の出身者であることを理由として,本邦外出身者を,地域社会から排除することを扇動する不当な差別的言動をいう。」と定めているが,この定義が狭きに失して不当であることは,2016年5月10日付け当連合会会長声明で指摘したところである。しかし,本意見書においては,解消法を前提とした問題点を指摘しているため,定義については特に言及しない。

3 https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2015/opinion_150507_2.pdf

4 「ヘイトスピーチに対する取組に関する照会結果報告」
https://www.nichibenren.or.jp/jfba_info/pr/regular/year/2017/170531.html 及びhttps://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/publication/data/teisei.pdf

5 法務省ウェブサイト http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken04_00110.html

6具体例として,(1)2009年12月4日,京都朝鮮第一初級学校に在日特権を許さない市民の会(以下「在特会」という。)メンバーらが押しかけ,約50分間にわたってヘイトスピーチや学校の所有物の破壊行為を行った事案,(2)2008年から2011年にかけて在特会の前会長が朝鮮大学校前で繰り返し「朝鮮人東京湾に叩き込め」などのヘイトスピーチを繰り返す街宣を行い,その際,特定の人物に対して「殺してやるから出てこいよ」などと怒号を浴びせる脅迫行為に及んだ事案がある。(1)の事案では後に刑事裁判で侮辱罪,威力業務妨害罪,器物損壊罪で有罪判決を受け(京都地方裁判所平成23年4月21日判決),(2)の事案では,2015年12月22日,法務省が人権侵害に当たるとして勧告を発出しているが,いずれの事案でも,現場の警備に当たっていた警察官は注意もせず黙って警備を続けた。

7 法務省人権擁護局「ヘイトスピーチに関する聞き取り調査 (全体版)」平成28年3月,認定 NPO 法人ヒューマンライツ・ナウ「在日コリアンに対するヘイト・スピーチ被害実態調査報告書」(2014年11月),中村一成著「ルポ 京都朝鮮学校襲撃事件――〈ヘイトクライム〉に抗して」(岩波新書

8 瀧大知「ヘイトデモと警察対応―差別禁止法がない社会における『反差別』の立ち位置」(和光大学現代人間学部紀要第12号)

9 人種差別撤廃 NGO ネットワーク「市民社会共同レポート」(2018年)

10 前掲9

11 道路交通法4条1項「都道府県公安委員会(以下「公安委員会」という。)は,道路における危険を防止し,その他交通の安全と円滑を図り,又は交通公害その他の道路の交通に起因する障害を防止するため必要があると認めるときは,政令で定めるところにより,信号機又は道路標識等を設置し,及び管理して,交通整理,歩行者又は車両等の通行の禁止その他の道路における交通の規制をすることができる。この場合において,緊急を要するため道路標識等を設置するいとまがないとき,その他道路標識等による交通の規制をすることが困難であると認めるときは,公安委員会は,その管理に属する都道府県警察の警察官の現場における指示により,道路標識等の設置及び管理による交通の規制に相当する交通の規制をすることができる。」

12 道路において,交通の妨害となるような方法で(略)立ち止まっていること

13 「日本国内の人種差別実態に関する調査報告書【2018年版】」(2018年4月人種差別実態調査研究会)によれば,解消法施行後の2016年6月以降に,ニュース等に反応する形で,「またバカチョンかよ死刑にしろよ」,「完全に朝鮮進駐軍みたいになっとるやないか。片っ端から死刑にしろよ」,「また超汚染ゴキブリの凶悪犯罪か」,「韓国人を見たら男はレイプ魔・女は売春婦と思え」,「徹底的に糞チョン排除しないと駄目だわ」などの書き込みがネット上でなされていることが指摘されている。

14 2004年10月22日付け法務省権調第604号法務省人権擁護局調査救済課長通知「インターネット上の人権侵害情報による人権侵犯事件に関する処理要領について」(※平成28年12月21日最終改正)

15 2019年3月8日付け法務省権調第15号法務省人権擁護局調査救済課長依命通知「インターネット上の不当な差別的言動に係る事案の立件及び処理について」


16 https://www.telesa.or.jp/consortium/illegal_info/20170315_press

17 http://www.osakaben.or.jp/speak/view.php?id=137
18 http://niben.jp/news/news_pdf/opinion20180316-1.pdf

19 脚注9の報告書108頁参照

20 もちろん,迷惑をかけて良いわけでないことは当然であり,地方公共団体が,解消法の運用を離れて,不当な差別的言動の解消の取り組みとは別に,人の生命,身体又は財産を保護するために,いわゆる「迷惑要件」を課すことまでも否定するものではない。

21 東京弁護士会は,2015年9月8日付け意見書及び2019年3月4日付け会長声明において同趣旨の意見を表明している。